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最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)1029号 判決

上告人

島崎静馬

ほか二名

右三名訴訟代理人

三宅修一

ほか七名

被上告人

新生興業株式会社

右訴訟代理人

岡林辰雄

ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人三宅修一、同上田誠一の上告理由第一点、上告代理人成富信夫、同成富安信、同風間武雄、同山分栄、同大島重夫の上告理由第一点ないし第三点について。

論旨は要するに、原判決が独自の定款をもたない引揚者更生生活協同連盟杉並支部(以下杉並支部と略称する。)をもつて法人に非ざる社団であつて権利義務の主体たりうるものとし、本件土地の借地権者であると判断したのは、法令の解釈を誤り自由心証を濫用したものである、というに帰着する。

法人格を有しない社団すなわち権利能力のない社団については、民訴四六条がこれについて規定するほか実定法上何ら明文がないけれども、権利能力のない社団といいうるためには、団体として組織をそなえ、そこには多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によつて代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならないのである。しかして、このような権利能力のない社団の資産は構成員に総有的に帰属する。そして権利能力のない社団は「権利能力のない」社団でありながら、その代表者によつてその社団の名において構成員全体のため権利を取得し、義務を負担するのであるが、社団の名において行なわれるのは、一々すべての構成員の氏名を列挙することの煩を避けるために外ならない(従つて登記の場合権利者自体の名を登記することを要し、権利能力なき社団においては、その実質的権利者たる構成員全部の名を登記できない結果として、その代表者名義をもつて不動産登記簿に登記するよりほかに方法がないのである。)。

本件において、原審がいわゆる杉並支部の実体について確定した事実関係は、次のとおりである。

(一)  杉並支部は、昭和三一年七月頃社団法人引揚者更生生活協同連盟(その頃外地引揚者の相互協力により生活の維持安定並びに更生を図ることを目的として設立されたもの)の支部名義で、特に引揚者の更生に必要な各種の経済的行為をする目的のもとに、杉並区内に居住する引揚者によつて結成されたものであるが、これを組織する構成員やその行なう事業もおおむね本部のそれとは別個のものであつて、独自の存在と活動をしていたものである。すなわち、杉並支部の主たる事業はマーケツトの設置と運営であり、右マーケツトに店舗を有する者は、本部と関係なく、杉並支部の構成員であり、従つて右店舗所有者の異動すなわち構成員の異動があつたときは支部の承認が行なわれ、構成員の変更にも拘らず支部は同一性を維持しつつ存続したのである。

(二)  杉並支部は、右マーケツトの維持のほか、バザーの開催、物資の配給、日用品交換斡旋等の事業を行ない、その会員、役員、内部における意思決定、外部に対する代表、その他の業務執行等に関する定めとしては、すべて社団法人たる前記本部の定款と全く同旨の規約を定めていた。すなわち、杉並支部は、その事務所を東京都杉並区天沼一丁目一四二番地におき、「海外ヨリ終戦後引揚タル一般人ニシテ会費一口二十円以上五十口千円マデヲ一時ニ払込ミタル者」〔正会員)と「正会員ニ準ズル者ニシテ聯盟ノ趣旨並ニ賛成シ正会員ト同率ノ会費ヲ払込ミタル者」(特別会員)とをもつて組織し、その意思決定は総会の決議によることとし、代表者として総会が過半数の議決をもつて選任する支部長一名を置き、その他の役員として副支部長、理事等の定めがあつた。

原審が適法に確定した叙上の事実関係によれば、いわゆる杉並支部は、支部という名称を有し、その規約は前記本部の定款と全く同旨のものであつたが、しかし、それ自体の組織を有し、そこには多数決の原則が行なわれ構成員の変更に拘らず存続をつづけ、前記の本部とは異なる独立の存在を有する権利能力のない社団としての実体をそなえていたものと認められるのである。従つて、訴外中田幾太郎と右権利能力のない社団である杉並支部の代表者との間で締結された本件土地賃貸借契約により、いわゆる杉並支部の構成員全体は杉並支部の名の下に本件土地の賃借権を取得したものというべく、右と同趣旨の原判決は正当である。

所論は、右と異なる見解のもとに原判決を論難し、かつ、原審の裁量に属する事実認定を非難するものであつて、いずれも採用できない。

上告代理人三宅修一ほか一名の上告理由等二点、上告代理人成富信夫ほか五名の上告理由第四点、第六点について。

論旨は、要するに、原判決が、杉並支部から被上告人会社に対し本件借地権を有効に譲渡した旨認定したのは、証拠によらない認定であり、審理不尽、判断脱遺、法令違背のかしがある、というのである。

しかし、昭和二九年一月一二日に被上告人会社が設立され、次いで被上告人会社において右権利能力のない社団である杉並支部から前記土地に対する賃借権を譲り受け、訴外中田幾太郎の相続人の一人である中田正義が賃貸人の代表として右譲渡につき承諾を与えたものである旨の原審の認定、判断は、これに対応する挙示の証拠関係等に照らして首肯できないわけでなく、その判断の過程において所論の違法はない。

所論は、独自の見解に基づき原審の裁量に属する証拠の取捨判断および事実認定を非難するに帰し、採用できない。

上告代理人三宅修一ほか一名の上告理由第三点、上告代理人成富信夫ほか五名の上告理由第五点について。

論旨は、要するに、上告人らは杉並支部を離脱してその会員たる資格を失つたから、本件土地を使用する権原を失つたものであると判断した原判決には、自由心証の濫用、判断遺脱、法令違背のかしがある、というのである。

しかし、原判決認定の事実関係のもとに、上告人島崎静馬、同中島三栄の両名は杉並支部を脱退してその構成員たる資格を喪失し、構成員たる資格に基づき本件土地の使用権限もまたこれを失つたものである旨の原審の判断は、これに対応する拠証関係等に照らして是認できなくはなく、原判決の右判断の過程において所論の違法はない。

所論は、ひつきようするに原審が適法に行なつた証拠の取捨判断および事実認定を非難するに帰し、採用できない。

上告代理人成富信夫ほか五名の上告理由第七点について。

賃貸借の目的である土地を第三者が不法に占有する場合に、地主が右第三者に対し所有権に基づく妨害排除請求権を行使しないときは、借地人において賃借権に基づき債務者である地主に代位して、右不法占有者に対し借地の明渡請求をすることができるものと解するを相当とする。本件において、被上告人会社が現在本件土地の所有者である中田正義ほか四名からこれを賃借していること、上告人らにおいて右土地を不法に占有していること、本件土地所有者らにおいて右土地に対する上告人らの不法占有を排除するため何らかの手段をとつている形跡が認められないこと、を確定したうえ、右所有者らに代位して上告人らに対し建物収去および土地明渡ないし建物よりの退去および土地明渡を求める被上告人会社の請求を認容した原審の判断は正当である。

所論は、独自の見解に基づき原判決を論難するものであつて、採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官入江俊郎 裁判官長部謹吾 松田二郎)

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